失敗することの価値

大学生のときの話。NFL好きで自宅にでっかいパラボラアンテナを備えて(このへんの時代背景の説明は省きます)NFLを楽しんでいらした某大手商社の方がいて、アルバイトですでに業界に足を突っ込んでいたぼくは、来日したNFLチームへのインタビューの際に通訳をお願いしたりもしていたのですが、そのご縁からこんなことがありました。

ある日ご自宅の衛星テレビでNFLの試合を見せていただいたとき、その方が電話で誰かと話していて、あ、ちょっと代わるねと、ぼくに受話器を渡してきました。電話の相手はニューヨーク・タイムズの記者でした。彼の名前は、その後紙面でたびたび目にしていたこともあり(日本に駐在していたのかも)今でもよく覚えています。

自分のつたない英語で、緊張もしていたし、なにをどう話したのか分からないけれども、ひとつだけよく覚えていることがあって、それは「君の年ごろは、まだ失敗が許される年代だから」というアドバイスでした。確か、大学出てからどんな道に進むの? といった会話をしていたなかでのことでした。

自分はそのアドバイスを、まだ若いのだから失敗してもくよくよせず前に進めばいい、という程度にとらえていて、その後ずっとそう思っていました。しかしいま考えると、その本質的な意味を実は分かっていなかったのかもしれません。というのも先頃、エディ・ジョーンズ氏の話から、改めて「失敗することの価値」に気づかされたからです。

2022年、東京の渋谷インターナショナルラグビークラブが創設5周年を迎えました。このクラブは「ラグビーワールドカップ2019」日本招致を担っていた徳増浩司さんが中心になって設立されたものです。

その創設5周年記念事業の一環として、エディ・ジョーンズ氏によるコーチングセミナーが2022年の12月24日に開催されたのです。そしてその動画は、今年の1月からYouTubeで公開されています。

セミナーの内容は主にミニラグビー、ジュニアラグビーのコーチングについて。そのなかでドリルの類いの練習の強度は、常に70%成功/30%失敗となるように調整することが大切という話があったのです。
(ご興味のある方は上記YouTubeをご覧になってみてください。ジョーズ氏の話は英語ですが、通訳の方による日本語での説明が逐一あります)

ジョーンズ氏の話を要約すると、こんな感じです。
たとえば2対1のようなドリルを行うとする。ある程度できるようになったら、次は難易度を上げていかなければならない。ある程度失敗をしながらでないと、進歩がない、効果的なコーチングにならない。
しかし日本のチームは同じドリルをずっと繰り返していることが多い。それでは意味がない。ドリルは70%成功/30%失敗となるように難易度を調整しながら進めていくべきだ。その負荷は、時間とスペースで調節すればいい。

ジョーズ氏の日本での最初のコーチングは、大学生が対象でした。そのときのエピソードが特に印象的です。件のラグビー部では毎回、ミスのない練習を繰り返していたそうです。そこに、30%失敗するような難易度でトレーニング・セッションを行ったところ、失敗することに耐えられず泣き出してしまう選手もいたと。

それで、最初のアメリカ人記者の話に戻ります。彼からの『君はまだ失敗が許される年代』というアドバイスを、まだ若いのだから失敗したとしてもあまり気にせず前に進めばいい、というふうに捉えていたわけですが、それは失敗することを、どちらかというと「ネガティブ」なものとして認識していたわけです。なるべくなら失敗しないままキャリアを積んでいくほうがいいのだと。

ところがエディ・ジョーンズさんの話をきいたあとでは、アメリカ人記者のアドバイスの解釈が少し違ってきました。もしかしたらあの記者も、失敗することはむしろ成長のために必要だという考え方だったのではないかと。つまり失敗という言葉を「ポジティブ」なものとして使っていたのではないかと、そう気づかされたのです。

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