両手・両足がしびれて硬直し動けなくなった──熱中症体験記

あれはもう30数年も前のことになる。夏休み中に、1泊か2泊での部の合宿が学校で行われた。私はサッカー部に所属する高校1年生で、合宿に参加していた。太陽がじりじりと照りつけるという表現がぴったりの、たしか風がほとんど吹かない蒸し暑い日だったと記憶している。つまり高温で、多湿で、熱中症が起きやすい環境だった。

そして練習中は水が飲めない。いまの若い人には信じがたいことだろうが、この頃はそれが多数派だった。加えて、自分はそのとき下痢気味であり(食事は真夏の仕出し弁当だったので、そのせいもあったかもしれない)、下痢というのは必要以上に水分を対外に出してしまうので、そのことだけでも意識して水分を摂っていなければならない。

さらに付け加えれば、合宿そのものがけっこう過酷だったようだ。当時のことを確認するために、先ほどチームメイトのひとりに電話したのだが、彼も合宿中に血尿が出たということを教えてくれた。
後から考えれば、条件はすべて揃っていたと言える。

体のしびれ、そして硬直

たしか午後の練習だったと思うが、始まってしばらくすると、汗があまり出なくなってきた。いまの自分がそのときその場にいたら、この兆候だけで即「水を飲め」と強く言っていたと思うが、当時はそんな知識もなく、なんとも思わなかった。ただ、だんだんとだるくなって、きびきびと動けなくなってきた。

そして手の先のほうと、足の先のほうが痺れてきた。正座で足が痺れるときのあの痺れと同じような感覚だったが、それがだんだん広まってくるのだ。手の先から前腕、そして上腕へ。足も膝下から大腿のほうへ、つまり末端から心臓のほうに向かって痺れが広まってくる。これは大変だと思った。

同時に練習どころではなく、動けなくなり、すぐに立っていることもできなくなった。その場に仰向けになるしかなかった。なぜかというと全身が、単なる痺れを通り越して、硬直してきたからだ。

首から下は動かない、その理由は?

こうなると現場は大騒ぎだ。けれども当時の現場の人間は、自分も含め、スポーツ医学とか、それ以前の生理学の基礎の基礎さえ、知らなかった。まず水を飲ませようとか、そんな程度の発想もなかった。自分も含めて。当時はそんなものだったのだ。

周りに集まってきた顧問の教師(専門は保健体育)とチームメイトがどうしたかというと、応急処置は全身のマッサージだった。自分は、意識ははっきりしていたものの、首から下は硬直状態で、両手はぐっと握りしめたまま。たぶん歯をくいしばった表情をしていたのではないか。とにかく誰かが、マッサージだ、と指示を出したのだろう。両腕・両脚を6〜8人がかりでマッサージ、というか擦(さす)られた。

当然、皮膚を擦(さす)っても、効果はない。効果どころか、あとで皮膚がイチゴの表面のようになって、やがて膿みが少しにじんでくるようになり、しばらくは包帯やラップ等を巻かなければならないという二次被害にもあった。

何年も経ってから思うのは、人体のシステムのすごさだ。
私は文系で、特段の医学の知識はないけれども、あの全身のしびれと硬直というのは、脳が発する非常事態宣言だったのではないかと思っている。

体には水分が足りなかった、体温も上昇していただろう、それが限界に近いことになったから、手足の痺れが生じたのではないか。つまり脳が、それ以上動くな、なんとかしろ(水を飲め)、と指令を出していたのではないかと思うのだ。

そして次の段階は硬直。首から下の水分やエネルギーの消費を可能な限りゼロに近づけるというその状態は、火事になった建物の延焼を防ぐために防火扉が閉まるのにも似た、脳による一種のサバイバルモード発令だったのではないかと思うのだ。

スポーツドリンクで速やかに回復

どれくらいの時間がたったのかは分からないのだが、そのあとの記憶は近くの開業医に運ばれた場面だ。動けなくなって、体が硬直しても、意識ははっきりしていて、いろいろなことを覚えているのだが、グラウンドからどうやって運ばれたのかは、よく覚えていない。

はっきり覚えているのは、病院で、スポーツドリンクを飲んだら、体に染み入る感覚があり、急速に回復できたことだ。その後、スポーツのトレーニングやコーチングの情報誌の仕事をするなかで知ったことだが、汗をたくさんかくと水分が失われるだけでなくナトリウムなどのミネラルもいっしょに出てしまう。そのミネラルもいっしょに摂れるスポーツドリンクの威力を、文字通りに実感した瞬間だった。

その病院でだったか、病院に行く前だったか定かではないが、スポーツドリンクを飲む前に普通の水もいただいたのだが、そのときは、体に染み入るような感覚はなかった。もちろんその水も、回復に必要なものだったと思うが、スポーツドリンクとの違いは歴然としていた。

当時のサッカー部の顧問の先生や、学校の安全対策などを非難するつもりは(時代背景がいまとだいぶ違うので)当時もいまもないが、サッカー部ではスポーツドリンクの導入はなされていた。試合のときにはよく冷やしたスポーツドリンクを飲ませてくれて、そのおいしさはいまも忘れない(なぜか練習では水分を摂る習慣はなかったが)。顧問は保健体育の教師だったのだから、暑いなかで生徒が倒れたら、とりあえずスポーツドリンクを飲ませるくらいの知識はもっていてほしかったと、それくらいは思うのである。

いまはだいぶいい時代になった

あれから30数年。もう部活の練習中に水を飲んではだめ、というところはないだろう。もし自分の身に起きたようなことが現代であったなら、裁判沙汰になるだろう。仕事で全国のラグビースクールをいろいろ訪ね歩く機会もあるが、どこもこまめに水分を摂らせている。たとえ幼稚園児や小学校低学年の遊びのような練習でも、水分摂取は常識になっている。その点は、いい時代になったと思う。

熱中症について詳しくは、そのキーワードで検索すればすぐに情報が得られます。その際には、厚生労働省や環境省、あるいは大学や病院等の信頼できるところのサイトを参考にしてください。

最後に、この記録が、スポーツの現場等、熱中症が起こりうる環境方々に、少しでも参考になれば幸いに思います。
(この原稿は、2018年にnoteで公開したものを、こちらに掲載し直したものです)

タイトルとURLをコピーしました